なぜVLESS+Visionが流行?「TLS-in-TLS」問題を解決する新技術
インターネットの自由とプライバシーは、常に検閲技術との戦いの中にあります。多くのプロキシ技術が開発されては、すぐに特徴を掴まれ、ブロックされてきました。特に「TLS-in-TLS」と呼ばれる二重暗号化の構造は、検閲システムにとって格好の的でした。
この記事では、なぜVLESSとVisionの組み合わせがこれまでの技術と一線を画し、この「TLS-in-TLS」問題を根本から解決する新技術として注目されているのかを解説します。私がこの技術に注目する理由は、その圧倒的なパフォーマンスと高度な難読化にあります。初心者にも分かりやすく、その仕組みと強さの秘密を解き明かしていきます。
現代の検閲技術と「TLS-in-TLS」問題
検閲システムは、私たちが思うよりもはるかに賢く、進化しています。単純なIPブロックだけでなく、通信の「中身」や「振る舞い」を分析して、プロキシ通信を特定します。
検閲システムが使う検出手法
検閲者は、主に4つの高度な手法で不審なトラフィックを探します。
- ディープパケットインスペクション (DPI)|通信データの中身を直接検査し、既知のプロトコル(通信のルール)に固有のパターンを見つけ出します。
- トラフィックおよび統計分析|通信が暗号化されていても、パケットのサイズや通信の頻度、タイミングといった「振る舞い」を分析します。通常のウェブ閲覧とは異なるパターンを検出します。
- TLSクライアントフィンガープリンティング (JA3/JA3S)|通信の「指紋」を採取する技術です。TLS接続を開始する際、クライアント(ブラウザやアプリ)は固有の情報(対応暗号スイートなど)を送信します。これを分析し、特定のプロキシツールが使われていないか識別します。
- アクティブプロービング|検閲システムが自ら疑わしいサーバーに接続を試みる、攻撃的な手法です。プロキシ特有の応答がないかテストし、サーバーの正体を暴きます。
致命的な脆弱性「TLS-in-TLS」とは
これまでの多くのプロキシ技術が抱えていた共通の弱点、それが「TLS-in-TLS」問題です。これは、プロキシ通信自体を暗号化し、さらにその暗号化された通信を「隠す」ために、もう一度TLS(HTTPS通信で使われる暗号化)で包む二重の暗号化構造を指します。
[暗号化されたプロキシデータ] -> [TLSでさらに暗号化]
一見すると安全に見えますが、この二重構造は非常に特徴的な通信パターンを生み出します。検閲システムは、この「暗号化の中に、もう一つの暗号化がある」という不自然な振る舞いをDPIや統計分析で簡単に見破ることができます。これが、多くのプロキシが短命に終わった大きな理由です。
Project Xエコシステムの登場
こうした背景から、従来のツールの限界を超えることを目指す「Project X」エコシステムが誕生しました。このコミュニティから、VLESSとVisionは生まれます。
Xray-core|V2Rayからの進化
Xray-coreは、有名なV2Ray-coreから派生したプロジェクトです。しかし、単なるコピーではなく、V2Rayの互換性を保ちつつ、パフォーマンスの向上とXTLSのような革新的な機能(後にVisionへと繋がります)を搭載した上位互換の存在です。VLESSやVisionの最先端機能は、このXray-coreをプラットフォームとして開発されています。
主要プロトコルの比較(VMess, Trojan, VLESS)
Project Xエコシステムには、異なる設計思想を持つプロトコルが存在します。VLESSがどれほど革新的かを理解するために、他と比較してみます。
| 機能 | VLESS | VMess | Trojan |
| 設計思想 | 軽量トランスポート | 多機能プロキシ | HTTPS模倣 |
| 状態管理 | ステートレス | ステートフル | ステートレス |
| 内蔵暗号化 | なし(下層に委任) | 複数暗号 | なし(TLSに委任) |
| パフォーマンス | 最小限のオーバーヘッド | 高め | 最小限 |
| 主な強み | 速度、柔軟性、拡張性 | 豊富な機能 | 高い難読化(否認性) |
| 正規コア | Xray-core | V2Ray-core / Xray-core | Trojan-Go / Xray-core |
VMessは多機能ですが複雑で、検出リスクも指摘されていました。TrojanはHTTPS通信を完璧に模倣しますが、VLESSはまた異なるアプローチを取ります。
VLESSとVisionの革新的アーキテクチャ
VLESSとVisionの組み合わせが「TLS-in-TLS」問題をどのように解決したのか、その核心的なアーキテクチャを見ていきます。私が感銘を受けたのは、その「引き算」の発想です。
VLESSプロトコル|シンプルさの追求
VLESSは、その名の通り「より少なく(Less)」をコンセプトに設計されたトランスポートプロトコルです。最大の特徴は、VLESS自体が暗号化機能を一切持たないことです。
これは欠陥ではなく、意図的な設計です。VLESSは「暗号化は、信頼できる下層のトランスポート層(TLSやXTLS)に完全に任せる」という設計思想(委任)を採用しています。これにより、プロキシプロトコル自身が暗号化を持つことで発生していた「TLS-in-TLS」という冗長な構造を、根本から排除しました。
VLESSはデータを運ぶフレームワークに徹し、認証もUUID(固有のID)のみで行うステートレス(状態を持たない)設計です。これにより、サーバーの負荷が低く、高いパフォーマンスとスケーラビリティを実現しています。
XTLS Vision|暗号化トランスポートの再定義
VLESSが「ガワ」なら、Visionは「TLS-in-TLS」問題を解決する「中身」の技術です。Visionは、XTLS(eXtended Transport Layer Security)という基盤技術の安定版実装を指します。
二重暗号化の排除
XTLSの革新性は、TLSストリームを単なる「土管」として扱うのではなく、TLSレイヤーの「内部」で直接データを処理する点にあります。
従来のプロキシ|[データ] -> [プロキシ暗号化] -> [TLS暗号化] (二重)
VLESS + Vision|[データ] -> [VLESSフレーム] -> [TLS暗号化] (単一)
XTLS(Vision)は、TLSレイヤーでVLESSのフレームを認識し、余計な暗号化を挟まずに直接データを流します。これにより、二重暗号化のオーバーヘッドがなくなり、検出可能なシグネチャも根本的に消滅します。
Visionの技術的メカニズム(パディングとuTLS)
Visionは、検出をさらに困難にするための高度な技術を搭載しています。
- インナーハンドシェイク・ランダムパディング|VLESSが認証を行う際、通信データにランダムな長さの「詰め物(パディング)」を追加します。これにより、パケットの長さが常に変動するため、統計分析でこれがプロキシ通信であると見抜くことを困難にします。
- uTLSクライアントフィンガープリンティングシミュレーション|検閲手法の「TLSフィンガープリンティング」への直接的な対策です。uTLSライブラリを使い、Xrayクライアントからの接続を、ChromeやFirefoxといった一般的なブラウザからの接続と全く同じ「指紋」に偽装します。
「TLS-in-TLS」検出を打ち破る仕組み
VLESS + Visionスタックは、検閲システムが頼りにしていた「不自然さ」を徹底的に排除します。
- 構造的|XTLSによって二重暗号化の構造自体が存在しません。
- 統計的|ランダムパディングによって、通信の「振る舞い」が一般的なHTTPS通信と区別がつきにくくなります。
- 識別的|uTLSによって、クライアントの「指紋」が一般的なブラウザに偽装されます。
究極の難読化技術「REALITY」
VLESS + Visionで通信の「中身」と「クライアント」は完璧に偽装されました。しかし、検閲者にはまだ「サーバー」を特定するという攻撃手段が残っています。ここで登場するのが、私が現時点で最強の難読化技術と考える「REALITY」です。
REALITYの仕組み|正規サイトへの「なりすまし」
アクティブプロービング(検閲者による接続テスト)は、サーバーが応答するTLS証明書を調べることで、それが自己署名証明書(怪しい)か、正規のものでない(怪しい)かを判断し、プロキシサーバーを特定します。
REALITYは、この問題を「実在する他のウェブサイトになりすます」という驚くべき方法で解決します。
- クライアントは、接続時に
www.microsoft.comなど、全く無関係な超有名サイトのドメイン名(SNI)を指定してXrayサーバーに接続します。 - Xrayサーバーはその接続を受け取ると、自ら本物の
www.microsoft.comに接続しにいきます。 - Xrayサーバーは、本物のMicrosoftサーバーから本物のTLS証明書を受け取ります。
- Xrayサーバーは、その「本物の証明書」を、こっそり独自の認証データを埋め込みつつ、元のクライアントに転送します。
外部の検閲者からは、この通信は「クライアントがMicrosoftのサーバーと正規のTLS通信をしている」ようにしか見えません。サーバーのIPアドレスを調べても、Microsoftへのアクセスが観測されるだけです。しかし、クライアントは事前に設定した鍵を持っているため、認証データを検証し、VLESSの接続を確立できます。
VLESS + Vision + REALITY|最強の組み合わせ
VLESS、Vision、REALITYは、それぞれがプロキシ検出における異なる脅威に対処するために設計された、多層防御システムです。
- uTLS (Visionと連携)|クライアントの身元を偽装(指紋対策)
- Vision|転送中のデータを偽装(TLS-in-TLS対策)
- REALITY|サーバーの身元を偽装(アクティブプローブ対策)
この3つ(VLESSはそれらを運ぶ器)を組み合わせたスタックは、現時点で検閲者が利用する既知の攻撃ベクトル(クライアント特定、データ分析、サーバー特定)のすべてに対応する、最も堅牢なソリューションの一つと言えます。
VLESS + Vision + REALITYの実装ガイド
この強力なスタックを構築するには、サーバーとクライアントの両方で正確な設定が求められます。ここでは主要なポイントを解説します。
サーバーサイドの準備と設定
VLESS + Vision + REALITY サーバーを構築するには、VPS(仮想プライベートサーバー)とXray-coreのインストールが必要です。
必要なもの(VPS、Xray-core)
Linuxが稼働するVPSを用意します。REALITYの登場により、独自ドメイン名の取得やTLS証明書の管理(acme.shなど)が不要になったことは、非常に大きなメリットです。Xray-coreのインストールは、公式のインストールスクリプトを使うのが最も簡単で確実です。
config.jsonの重要パラメータ
Xray-coreの設定は config.json ファイルで行います。VLESS + Vision + REALITYスタックの核となる設定項目は以下の通りです。
| パラメータパス | 説明 | 設定例 |
inbounds.port | サーバーが待ち受けるポート(HTTPSと同じ443推奨) | 443 |
inbounds.protocol | 使用するプロトコル | "vless" |
inbounds.settings.clients.id | ユーザー認証用のUUID | "あなたのUUID" |
inbounds.settings.clients.flow | XTLSフロー制御モード(Vision) | "xtls-rprx-vision" |
inbounds.streamSettings.security | トランスポート層のセキュリティ | "reality" |
inbounds.streamSettings.realitySettings.dest | なりすまし先のウェブサイト(IP:Port形式) | "www.bing.com:443" |
inbounds.streamSettings.realitySettings.serverNames | destのドメイン名 | ["www.bing.com"] |
inbounds.streamSettings.realitySettings.privateKey | サーバーの秘密鍵(xray x25519で生成) | "あなたの秘密鍵" |
inbounds.streamSettings.realitySettings.shortIds | クライアントを区別する短いID | ["あなたのshortId"] |
クライアントサイドの設定
サーバーの設定が完了したら、クライアントを設定します。v2rayN (Windows)、v2rayNG (Android)、Clash Meta (クロスプラットフォーム) など、VisionとREALITYに完全対応したクライアントが必要です。
クライアント側では、サーバーで設定した address (IP), port, id (UUID), flow, security (reality), serverName (SNI), publicKey (秘密鍵に対応する公開鍵), shortId を正確に入力します。フィンガープリンティング模倣(uTLS)を有効にすることも忘れてはいけません。
Nginxによるウェブサービスとの共存
さらに高度なテクニックとして、NginxのSNIオフロード(スニッフィング)を利用する方法があります。これは、同じポート443で、Xray(VLESS)への接続と、通常のウェブサイト(ブログなど)への接続を両立させる技術です。
NginxがTLSハンドシェイクのSNIを盗み見て、それがXray用ならXrayに、ウェブサイト用ならウェブサーバーに振り分けます。これにより、サーバーの「もっともらしい否認性」が劇的に向上します。
パフォーマンスと注意点|VLESSスタックの限界
VLESS + Vision + REALITYは非常に強力ですが、万能ではありません。メリットとデメリットを正しく理解することが重要です。
パフォーマンスの利点|ゼロコピー(Splice)
VLESS + Visionスタックが高速である理由の一つに、Linuxカーネルの「Splice」機能による最適化があります。
これは、クライアントから受け取ったデータを、宛先に転送する際、データをわざわざXrayのメモリ(ユーザー空間)にコピーせず、カーネル内で直接ソケット間を移動させる技術(ゼロコピー)です。これによりCPUのオーバーヘッドが劇的に削減され、スループットが大幅に向上します。VisionモードはこのSpliceが自動的に有効になるように設計されています。
デメリットと既知の制限
私がこの技術スタックを運用する上で感じている、いくつかの重要な制限事項を共有します。
CDNとの非互換性(REALITY)
REALITYの最大の制限は、CloudflareのようなCDN(コンテンツデリバリネットワーク)と併用できないことです。REALITYは、クライアントとサーバー間の直接的なTLSハンドシェイクの「なりすまし」に依存しています。CDNが間に入ると、このハンドシェイクプロセスがCDNによって中断されてしまうため、REALITYの仕組みが破綻します。
接続が不安定な地域から、CDNを経由してサーバーの安定性を確保したい場合には、REALITYを諦め、従来の「VLESS + WS + TLS + CDN」という構成を選ぶ必要があります。これはセキュリティと安定性のトレードオフです。
クライアントサポートの問題
これらは比較的新しい技術であるため、一部の古いクライアントソフトや、特定のプラットフォーム(iOSなど)では、VisionやREALITYに完全に対応していない場合があります。クライアントを選ぶ際には、対応状況をよく確認する必要があります。
設定の複雑さ
ここまでの解説でお分かりの通り、このスタックの強力さは、設定の複雑さと表裏一体です。サーバーの config.json、クライアントの設定、場合によってはNginxの設定まで、一つでもパラメータを間違えると、接続できないか、最悪の場合、安全でない構成で動作させてしまうことになります。
まとめ
VLESSとVision、そしてREALITYの組み合わせは、検閲技術の脅威に対抗するために生み出された、非常に洗練された多層防御ソリューションです。
最大の敵であった「TLS-in-TLS」の脆弱性を、XTLS(Vision)によって構造的に排除しました。uTLSによってクライアントの指紋を偽装し、REALITYによってサーバーの存在そのものを正規のウェブサイトの影に隠します。
CDNが使えないという大きな制限はありますが、VPSへの直接接続が前提で、最高のセキュリティとパフォーマンスを求めるユーザーにとって、VLESS + Vision + REALITYは現在最も強力な選択肢の一つです。私がこの技術に強く惹かれるのは、検閲と回避の「いたちごっこ」において、明確な技術的優位性を示したからです。